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薦めておきながら、自分は本の知識だけで録画を見てないのだが・・・。

1983年の最終戦、南アフリカGP。
ドライバーズランキングは、
 1位 アラン・プロスト(ルノー) 57点
 2位 ネルソン・ピケ(ブラバムBMW) 55点
 3位 ルネ・アルヌー(フェラーリ) 49点
ここまでがタイトル権利あり。

アルヌーは予選中に自分のマシンの移動中に足を轢かれるというアクシデント。痛みをこらえて予選4位。
ピケ4位、プロスト5位でスタートを迎える。

ルノーにとっても初タイトルがかかり、またフランス人のF1チャンピオンがまだ誕生していなかったことから、フランス中が注目し、メディアは騒ぎ立てる。
チームとプロストは慎重に決勝用のセットアップを進めた。

決勝。スタートで飛び出したのはパトレーゼとピケのブラバム2台。プロストが3位で追う。
アルヌーのフェラーリは早々にトラブルでリタイヤ。タイトル争いは2人に絞られた。

2点リードされているピケとブラバムは、パトレーゼも使ってプロストのペースを惑わす作戦。

思惑通りにルノー・ターボはトラブルを引き起こしリタイヤ。
ピケは4位3点を稼げば逆転チャンピオンとなる。

この時点でピケはトップを走っていたが、過給圧を下げてパトレーゼを先に行かせる。チェザリスも先行、さらにマクラーレン・TAGポルシェのラウダも前に。

ラウダのペースはよく、ポルシェの復帰後初優勝も期待されたが、残り6周でリタイヤ。
優勝パトレーゼ(2勝目)、2位アンドレア・デ・チェザリス(アルファロメオ)、3位にピケが4点を加算し、チャンピオン決定。

夜のブラバムチームの祝勝パーティでは、BMWのドイツ人が「プロスト!(乾杯)」とドイツ語で声を上げると、「違う、ピケだよ!」と大いに盛り上がったとか。

フランスのマスコミの煽りもあり、ルノーとの確執が深刻となったプロストはチームを去ることに。
ルノーは翌年以降、タイトルに絡むこともなく1985年に撤退。
新天地マクラーレンに移ったプロストは、1984年ランキング2位、1985,1986年と連続チャンピオンに輝くことになる。
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2007.02.15 Thu l l top ▲
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